年金制度崩壊の懸念が囁かれるようになって久しい。
また預金の金利も限りなくゼロに近くなってからも久しい。
そんな時代、少しでも貯蓄を増やす手段として安定した投資を考えるのは一般的なことといえるでしょう。
FX、株、投資信託、不動産投資・・・
巷には投資を勧める様々な玉石混淆の情報が溢れかえっています。
その一つに不動産投資の中でも意外と手軽に始められるワンルームをはじめとしたマンション投資があります。
マンションを区分所有し他人に賃貸することで、収益および資産形成を図るということです。
投資額が比較的手ごろ、融資が付きやすい、投資の経過やリスクもイメージしやすいといったところが人々の心を惹きつけるようです。
まあ、安全な投資に見えるのでしょう。
しかし、この投資用マンション。
結構トラブルも多いのが実情です。
そのトラブルの象徴ともいえるような裁判の判決が平成24年2月東京地方裁判所において下されました。
目次
毎月、保険の掛け金並みの金額を負担するだけで資産形成が可能?
Aさんは会社員。
同僚からマンション投資を勧められ、不動産業者B社の担当者を紹介されました。
担当者は、
「マンション投資は家賃収入があって、それを住宅ローンの返済に充てるので損はしない」
と強調。
その上で一つの物件Xの購入を勧め、
「(諸々計算すると月々の持ち出しは)7359円で保険と同様」
「仮に将来売却する場合、現在の物件価格から売却査定価格が10%低下しても、ローン残債を返して利益が出る」
「物件Xは高台にあって、場所的には良いところである」
と説明。
また、
「通常3130万円であるが、会社に無理言って2840万円で押さえている」
とAさんに購入を急かしました。
Aさんは、持ち出し分は小遣いで何とかできると思い、その物件Xに関し売買契約を締結します。
そしてその同じ月、さらにB社担当者はAさんに対し物件Yの購入も勧めます。
「物件Yは、NTTの関連会社の借り上げ物件なので空室になる心配はない」
「場所的にも良い」
と説明。
収支シミュレーションを提示した上で、
「通常2300万円のところ、特別に2100万円で押さえている」
「月々8757円の持ち出しで済む」
と購入を急かしました。
翌月早々にAさんはB社と売買契約を交わし、物件Xと共に物件Yも購入したのです。
晴れて2つの物件オーナーとなったAさん。
しかし、どこか心に引っ掛かるところがありました。
そしてその引っ掛かりは急速に不安となって行ったのです。
物件価値の査定
不動産業者B社の担当者の説明を鵜呑みにし、急かされるままに物件X,物件Yと二つの区分マンションの売買契約を結んだAさん。
二つめの物件Yの契約を交わした2週間後、Aさんは自分の心の内に沸き起こる不安に突き動かされ、他の不動産業者を訪ね物件Xと物件Yの価値の簡易査定を依頼します。
結果は、物件Xは2000万円(Aさん購入金額2840万円)
物件Yは1400万円(Aさん購入金額2100万円)
さらにAさんは他業者にも重ねて査定を依頼。
物件Aは1860万円(Aさん購入金額2840万円)
物件Yは1460万円(Aさん購入金額2100万円)
消費者契約法に基づき不動産売買契約の取り消しを求め提訴
その評価額の開きに愕然としたAさんはB社担当者に対し、売買契約を解除したい旨を申し入れました。
しかしB社担当者は解約に応じることはありませんでした。
そこでAさんは、消費者契約法4条1項、2項に基づき、物件Xおよび物件Yの不動産売買契約に関し取り消しを求めて提訴するに至ります。
消費者契約法4条1項と不動産売買契約
消費者契約法第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)の1項では、事業者が消費者に契約締結を勧誘する際に、消費者が誤った理解すなわち「誤認」をするような行為をして、消費者が実際にその「誤認」にもとづいて契約の申し込み等をしてしまったような場合にはそれを取り消せる、とされています。
そして「誤認」するような行為としては、
「重要事項について事実と異なることを告げること。当該告げられた内容が事実であると誤認」
「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認」
と挙げられています。
Aさんのケースでいえば、B社はAさんに対して、
提示した価格に関し何ら根拠を示していないこと、
簡易査定や不動産鑑定書と比較して市場動静を加味したとしても合理的と到底思われない価格であることから、
契約を締結する際の重要な事項について事実と異なることを告げたということです。
また、非現実的なシミュレーションを示し、将来の不動産価格の下落幅がせいぜい10%程度という昨今の中古マンション査定と比べても非現実的な内容をもって、売却すればいつでもローン残債が完済できると誤認させるようなことを告げてもいました。
一方で、家賃収入が減る、入居者が見つからない場合など、Aさんが小遣い程度でローンの返済ができなくなる場合があるなどの投資の危険性、すなわち重要な事項についてAさんに不利益となる事実は故意に告げてはいませんでした。
消費者契約法における不利益事実の不告知
判決はAさんの勝訴。
不動産業者B社が消費者契約法にいう不利益事実の不告知が認められた判決となりました。
また、契約を締結する際の重要な事項について事実と異なることを告げたことも認められました。
つまり、都合の良い非現実的な投資シミュレーションを示しての売買契約、市場における適正さを欠いた不動産価格による売買契約が否定されたのです。
さて、Aさんのケースでは勝訴という形でめでたく売買契約の取り消しが認められましたが、巷にあふれる不動産投資、中でもいわば入門者をターゲットとしたマンション投資において買主が直面する問題は、もう少し分かりにくく微妙なケースが多いといえます。
とはいえ、大きく構造は一緒と言って良いと思います。
売主業者の示す資料、プランなどそのまま鵜呑みにしないという基本姿勢を忘れてはいけません。
このケースは不動産投資において何に注意すべきか非常に示唆に富んだものだと思われます。